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2008年11月10日

すさんだ心に効く映画

 もう、ずいぶん前になるけどね、若かりし頃、とてもすさんだ気分になっていた時に、気晴らしにと映画館に入ったことがある。

 その時、ちょうどオンエアの時間だったので入った映画がかの過激な殺戮シーンが話題になった問題作「バトル・ロワイヤル」( - goo 映画)だったので、まぁ、すさんだ気分にはお似合いかなと思い、入ってみたものの、よけいすさんだ感じになってしまって難渋した思い出がある。

 まぁ、すさんだ時にすさんだストーリーをという逆療法的な荒療治の失敗と言ったところか。

 今日は、すさんだ気分ではあった感じなのだが「Always 続 三丁目の夕日」( - goo 映画 )を見たのだがこれは本当によかった。すさんだ気分にとても心地よい春風を通してくれたような温かさに包まれた。

 そう、泣けたよ。

 お金じゃない大事なことがあるんだと訴えるこのドラマ、ありだと思うよ。うん、そうでなくちゃ。

 この映画とってもいいと思う。

2008年11月09日

今日は充足感の一杯ということで!?

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今日は充足感の一杯かな。あるインプットのもとに結果としてのアウトプットがあるのはことわりだが、若い頃はそのアウトプットが良いものであったときに祝杯をあげていたが、最近は加齢と共に思うようなアウトプットが出ず、必然インプットしただけでへとへとで、お疲れ一杯をしたくなる

 中年にもなるとそのへんは甘めにみていいのではないか。成功したアウトプットが伴わなくても、インプットする努力だけだって大儀なのだから。お疲れ一杯。

2008年11月07日

眠くて拒絶反応

 いい加減、眠い。なんかいろいろ疲れてきているのだが。

 寝てしまおうかな、こういう時は。

 金曜日はテレビドラマ「ぎらぎら」・・・中年ホストの物語だが、こういう悪質系の香りのするドラマは好きだったりするので、見たいなとか思っているのだが、今テレビに映っているのを見て・・・今の疲れた気分では見るに耐えられないなと拒絶反応。 

 悪質系のストーリー好きの私だが、今みたいなすさんだ心持ちの時にはそれが受け入れられないことを実感。

 重松清氏の小説みたいにおもーいのも今は勘弁という感じだしね。

 「水曜どうでしょう」みたいなばかばかしいテレビが見たく・・・それも、関東圏では23時からMXテレビで放映されるも、これまた眠くて拒絶ってしまうのだろう。

2008年11月06日

なんだかな

 年に何回か、なんだかなという気分になる日がある。

 そんな時には、ま、飲むかということになる。

 これは私にとっては異例なことである。

 私のポリシーは、飲むのは週末、そして週一回を自分に課しているからである。

 たまにそのポリシーが破られるのは、例えば職場のはずせない飲み会の時とかだけであるが、それ以外にこのようにやるせなき思いを酒で紛らす必要がある時というのが年に何回かというところか。

 外で飲むのはもったいないとか健康にもよくないと主張しがちな妻もそういう時は黙って付き合ってくれるもので、そういうのが年に何回かというのが多いのか少ないのかは人によりけりだが、私はいろいろ首を突っ込みがちであり多い方なんだろうかね。

 そば屋に行って一杯。ホッピーと、焼酎のそば湯割り。焼酎のそば湯割りはとてもうまい。普段はさほど好きではないが、その温かさがなんかいい。

 ホッピージョッキ一杯とそば湯割り一杯でいい加減に酔っぱらってみた次第。

2008年10月29日

寝不足とビデオの使い方

諸事情により寝不足気味。若い頃ならこれくらいの寝不足はなんのそのという部分もあったし、実際、学生の頃などは、日中もそれなりに寝る時間の確保もできたものだが・・・今はそうもいかない。朝はまた来る。そして通勤ラッシュに突っ込んで行かねばならない。

だから今夜は9時から大好きなテレビドラマ「相棒」があるがそこまでもたず、ビデオ予約したら寝入ってしまっていた。

昔はビデオは遊びに出かける時の見たいテレビ番組確保のためのツールの意味合いが強かったが、今は睡眠時間確保という意義あいが強くなりやや時の変遷を感じずにはいられない次第で。

2008年10月16日

失敗続きの二人が好むジブリ映画

 今日の一語り: 失敗から始めているから強いんだ で語ったように、私と妻はどうにもさえない失敗が多い二人という共通項がある。転じて失敗から始まっているから強いんだと語った。

 それ以外にも、なぜか二人とも違った観点からではあるがジブリアニメ好きという共通項がある。

 つきあい始めの頃にも、ジブリ美術館に足を運んだくらいだ。

 中でも、二人とも好きだったのが「耳をすませば」である。 

 この映画はくやしいほどポテンシャルにあふれた中学3年生の二人の物語。

(いかネタばれもあり)

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2008年10月11日

ノーベル賞受賞者の言葉を拝聴する際の構えについて

 最近、話題になっていることでポジティブなものとしては、日本人のノーベル賞受賞ラッシュだろう。物理学賞で3人受賞。化学賞で1人受賞。とても見事である。

 喜ばしいことには違いないし、すごいなぁと感じる。

 ノーベル賞の物理賞にしろ化学賞にしろ、医学生理学賞にしろ、サイエンス系のノーベル賞は、おおむね基礎科学の研究成果が評価されるところであろう。

 だから、基礎科学が重要だと言われる所以であるが・・・一方で基礎科学を専攻して行くに際しては、よほどの覚悟が必要なのである。要は、「食えない」から。

 大学に行った人はみなお分かりだろう。基礎科学を専攻して院まで行ってもなかなか就職に就けないことを。また、博士号を取ったとしても、それが飯の種にもなりにくいことを。

 Amazon.co.jp: 高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書): 水月 昭道: 本 を読んだが、そのへんが詳しく出ている。博士号は足の裏の米粒のようなもので、取っても食えないが、取らないと気持ち悪いというくらいものもだということが様々な例に従って伸べられている。

 また、足の裏の米粒-生理研を去るにあたって - 教授エッセイ - 大阪大学大学院 認知脳科学研究室:藤田研究室 の記事を読んでも、そのへんがよく分かる感じだ。

 要は、基礎科学の研究者としての成功はとても難しく、ごく一部の限られた、卓越した能力と運に恵まれた一部分の人が飯の種にできるということ。

 物理学賞を取った3人の先生の専門は素粒子論とのことだが・・・これは基礎科学のうちでも難解なものの代表で、とても才能がないとついていけない分野のようであり医学部に入るのと同じくらいの知識レベルのようだ。ただ、医学部はその後の医者としての社会的身分が保障されるのに比して、素粒子論ではなかなか食べていけない違いがあるらしい。

 そして、どうしても研究生活と就職という点で思い出してしまうのが、広島大学教授殺人事件(事件史探求)である。この事件の詳細はリンク先記事を参照頂きたいが、この犯人として逮捕された助手の専攻も素粒子論であったことがどうしても思い起こされる。

 大学の準教授(助教授)にまで登れれば、一定の成功であろうが、そこに至るまではよほどの才能と努力と、あと、運が必要なようである。そこまで登った上でよほどのすぐれた研究業績を残して初めてノーベル賞という高みに登れる。それはすごいと思う。

 ただ、かなりの才能があっても、食べることさえ難しい人も多いことを忘れてはならないと思う。成功者のポスト数が限られている現実において、才能があってもどれだけ努力して、運悪く思うようにいけない状況があるということを。

 ノーベル賞受賞者たちの言葉は成功者の極みとしての自信にあふれている。そして、それは多分に我々に勇気を与えてくれるものだが・・・

 ただ・・・

 今回ノーベル化学賞に輝いた下村氏の言葉が2008/10/9(木)朝日新聞夕刊の見出しを引用すると

 「子どもには興味あることをやらせなさい」

 とのこと。

 かなりの違和感を感じた。やりたいことをやらせて、それが研究でもいいわけだが、必ずしも成功するとは限らない中で、より食べれる方へ誘導したってそれはそれでいいのではないかと。

 例えば、子どもが素粒子論をやりたいと言っても、それよりも、就職につながる工学をしなさいと言う親だって多いだろう。

 食える学部は概して倍率が高い。文系なら法学部とか経済学部。理系なら工学部か。そう、食えるからこそ人気が高いのである。

 本当に子どもに興味のあることだけをやらせていたら、ほとんどの子どもはゲーム漬けか、ネット漬けとかになってしまわないだろうか。

 僕だって本当に興味のあることだけをやらせていたら、学生時代はガリ勉タイプだったのだが、そんなに勉強する人にはならなかっただろう。今は勉強なり研究の習慣がついているのはそれなりのしつけがあったゆえである。

 もし本当に子どもに興味のあることだけをやらせていたら、引きこもりな感じの成人が多く生まれるのだろう。

 惜しいほどの能力に恵まれた子どもには下村氏の言葉は重要かもしれない。その芽をつぶすようなことがあってはならないだろう。ただ、多くの平均的な子どもにはある程度生存の確率の高い方向への示唆はしてはいけないとは思わないのである。だから、子どもがいくら音楽で食っていきたいと言っていても、大学だけは出ておけとか、法学部を出ろとか言う親は多いだろうし、それがただちに否定されることでもないんだろう。

 ノーベル賞受賞者の言葉は、ピカイチの才能と運に恵まれた人の言葉であって、それが誰にでも通用する金科玉条ではないんだろうなと思うのだ。

 だから、そういう構えでノーベル賞受賞者たちの言葉を拝聴することが必要なのではないかと思うのである。

2008年09月22日

弱いからこそ、情けないからこそ、いとおしいという感情

 さて、昨日、一昨日と天王山と言われた優勝をかけた伝統の阪神-巨人戦で阪神が巨人に三連敗して、とうとう追いつかれてしまっていた。

 そう、私は実は阪神ファンなのである。今日の一語り: 阪神タイガース アーカイブにまとめられているように時折阪神タイガースへの愛情をここでも垣間見せているわけだが、本当に垣間見せる程度である。

 そう、あまりプロ野球は熱心に見る方ではないのだ。野球自身そこれほど観るのは好きでもない部分がある。昔、娯楽のない時代、それこそ夕食後のテレビが最高の娯楽という時はビール片手にプロ野球というスタイルがザ・オヤジスタイルとも言うべき中年男性の典型的娯楽だった頃はプロ野球の人気はもっとあったし、わたしもはまったんだろうが、幼い頃にくらべ娯楽が増え、インターネットなどで家にいながらにしていろいろ楽しめる時代になった今、プロ野球にかじりつく必要がなくなった部分もある。そう、野球観戦で2時間も3時間も費やす暇がなくなった面もあってね。勉強したりさ、本を読んだり、そして、このようにブログを書いたり。映画を見るのも好きだしね。となると、プロ野球は結果が分かればいいかと。

 ただ、昨日一昨日の土日は、試合中継に注目してみた。そう、首位を独走していた阪神が巨人に追いつかれそうで、連敗したら追いつかれてしまうという大一番だったため。

 まぁ、試合前からかじりつくことはなかったのだけど、夜に、あ、やっているなと見たらさ・・・土曜日なんてもう大差で負けていて、これでは逆転できないなというくらいの差で一編に見る気を失い案の定負け。昨日の日曜日は序盤2点勝っていたと思ったら、ちょっと目を離したすきに逆転されて大差をつけられてしまってね、こりゃ負けだと見る気が失せる。案の定負け。これで、阪神は巨人に追いつかれてしまったわけで。

 普通ならさ、ここまで弱いと愛想つかしたり、弱くなったチームだと嫌いになったりっていうことになるよね。ひいきのチームが勝ってこそ、すかっとするわけだし、それを求めてスポーツ観戦ってしたりするものだよね。

 でもね・・・意外に、私のような昔からの阪神ファンはそういうのには慣れている。というか、逆にそこまで情けないからこそいとおしささえ感じてしまう。

 だって、僕が阪神ファン全盛だった幼き頃、そう25年前とかなわけだけど、5位や6位を低迷していたわけだよね。もちろん、周りは巨人ファンだらけだよね。東京出身の僕だもの。何を好きこのんで阪神なの?という感じだよね。でも、それこそ小学校時代はずーっと阪神帽をかぶって過ごしたわけよ。巨人が何で人気があるかって?そりゃ強いからだよね。その昔、私が生まれる前だけど、子どもたちの好きなものの代表として、「巨人・大鵬・卵焼き」なんて言われてたわけだよね。卵焼きはいざ知らず、プロ野球の巨人とお相撲の大鵬はなぜ好かれたかって、そりゃ強いからだよね、これは明らか。だけど、僕はどうも巨人は好きではないし、阪神ファンはどうも巨人を好きになれない部分があるのは一般的だ。阪神ファン=アンチ巨人という構図は今でも健在だろう。ついでに私は卵焼きも大して好きではない、いや、今日の妻の作ってくれた弁当には入っていたけれど。そして、それは美味しく頂いたけれども、大好きというものではない。

 ちなみに、妻は野球はそんなに好きな方ではないが、応援するとすれば巨人ファンで、私が家で阪神戦を見るのが難しいのもそのへんの関係もなきにしもあらず。日曜日も、阪神が逆転されているのを見てがっかりしている私の横で妻は「やった」という感じにつぶやいていた(^-^;

 巨人は大企業バックでお金があるよね。一局テレビ局を独占して持っているから地方在住者はプロ野球と言えば巨人戦しか見られない、だから、地方の人たちはみな巨人ファンだったりする。また、選手の集め方も非常にお金がある集め方をしてきた。かの巨人の大投手、江川卓の事件は記憶に残っている人も多かろう。江川事件 - Wikipediaとしてまとめられているが・・・最後のドラフトでは阪神が指名を勝ち取ったにもかかわらず、巨人の強い要望で交換トレードにより巨人へ。江川本人たっての希望であったにしろ強引に巨人が大投手江川を持ち去った感があり、巨人と阪神の因縁がここにもある。

 まぁ、大阪に行って阪神電鉄に乗ってみるといい。なんかね・・・どうもお金がありそうな感じではないから。阪神電車はその名の通り、大阪と神戸を結んでいるわけであるが、海岸沿いを走るんだよね。

 首都圏でもそうだが、海岸沿いはやはり庶民的になってしまう。京浜工業地帯のあたりを走る海岸沿いの京浜急行も、一駅一駅なんかえもいわれぬ下町風情がある(私はそういうのがとても好きだが)。それが大阪の阪神電車沿線にあると思えばいい。ほら、同じ東京中心部と横浜を結ぶ線でも、東急東横線なんかは、屈指の高級住宅街たる田園調布を抱えて上品なイメージがあるのにくらべてということ。大阪だったら阪神電鉄に比して、内陸を走る阪急電鉄は大阪屈指の高級住宅街の芦屋を抱えていたりして上品な感がある。

 そんな阪神電鉄が母体の阪神タイガースと、テレビも新聞も持つ大メディアたる読売グループとを比すれば、イメージ的には勝敗明らかであるわけだが。

 だからね・・・そう、弱いからこそ、そして、こんな風に情けなく追いつかれてしまうからこそ、応援してあげたくなる心境が私にはあるんだ。

 人生、うまくばかりいかない。負けたって明日があるからと歯を食いしばってみたり、やけになりながらも、何となく言い訳してみたり。そんな人生を送ってきたからこそ、本当にいとおしく思える。そう、追いつかれてしまった阪神がね。

 いやね、阪神がものすごく好きだった幼少時はこんなに紆余曲折のある人生を送るとは思っていなかったよ。阪神が好きだったからこんな人生になってしまったのかもわからないけど。

 1985年、私が中学生だった頃、阪神は21年ぶりに優勝した。それからまた長い低迷期に入ったが、一瞬のスパーク。そして、最近はまた強い。それでも独走態勢から巨人に追いつかれるなんていう情けなさを発揮している今、なんかそれだからこそ、阪神がいとおしい。

 負けたっていい・・・がんばったよ、がんばっているよ、うんうん。

 今は本当にそう言えるだろう。あと10試合ちょっと。リーグ優勝できるかどうかは微妙だ。がんばって欲しいけど、これほどいとおしく阪神を感じたのは久々だ。そして、阪神の動きはほんとうに励ましを与えてくれるものだなとも思う。

2008年09月13日

失敗から始めているから強いんだ

 さて、今日は土曜日。NHK朝ドラは月~土の5話で一話を終える感じなので連続テレビ小説「瞳」第24週「家族とは・・・」が今日で締まるわけだ。だから土曜日はそれが楽しみだったりするわけだが、今日のストーリーは、飯島直子さん演じる瞳の母が、別れた勝村政信さん演じる瞳の父と会う場面があった。ばりばりイケイケのビジネスマンであった瞳の父に惚れた瞳の母という設定だったわけが、その瞳の父が借金をこさえてしまって、瞳の母の実家に金を無心したことが理由で別れることになったわけだが、今日は「どうして借金の存在を言ってくれなかったの?(実家に)金を無心するまで知らなかったのよ」という旨を瞳の母が聞く場面があったのだ。それに対して、瞳の父は「だって、君は成功した僕が好きだったんだろう?言えなかったよ、恥ずかしくて・・・」という旨の返答をするシーンに胸が詰まった。思うところ多々あったからだ。

 そう、確かに成功者同士のカップルというのは誰から見ても祝福できる。お互いが成功し続けている時はお互いいいわけだが、どちらかバランスを崩す・・・このドラマの場合は男の方がビジネスで失敗するというわけだが・・・と案外もろいものであることもあろう。プライドがじゃまをして相手に頼れない結果、信頼を損なってしまうこともある。

 私と妻は・・・どうやら失敗から始めている部分が多い。私自身「もてない男の心の語り」(現 もてない男のその後の語り)というページをしてきた感じから、どうしても成功者ではないわけで・・・32歳で妻と出会うものの、33歳という遅咲きの結婚においてもなお結婚式を間近に控えて妻が大病をしたため、結婚式をキャンセルせざるを得なかったという挫折から始まっている(ここでも語ったようにその後結婚式を挙げることができたが・・・)。そんな失敗から始まっている二人。だから強い部分がある。

 妻が私の弱いところをさらけ出して失敗続きをさらけ出して受け入れてくれる女性だったから結婚に踏み切った私。だからこそ、その後の紆余曲折を乗り切れたし、多分これからもうまくいかないことも多かろうし、それを妻に愚痴るだろう。そして、妻もそういったことを私に愚痴るだろう。不遇を嘆くだろう。

 それでも、失敗から始まっている二人はそれらを笑い飛ばせる。笑い飛ばせないまでも共感しあえる。だから、強い。雑草の強さにたとえてもいい。

 果たして成功者同士にその強さがあるだろうか。私は失敗から始めている者のみが持つ強さだと思う。

 今日の朝日新聞土曜版be on Saturday の e1面で阪神タイガースの藤川球児投手の入場テーマ曲がリンドバーグ「every little thing every precious thing」でありその逸話を特集している。これも失敗者の視点に関連して非常に共感できるのだ。

 藤川球児投手は今や阪神タイガースの押しも押されもせぬ守護神(抑えのエース)であるが、泣かず飛ばずの二軍の時代にこの曲を入場テーマ曲にしたとのこと。奥さんのカラオケでの愛唱歌であったことで、妻への感謝と彼女の思いを背にマウンドに立ちたかったのが、きっかけとのこと。

 ええ話やないか。そう、失敗から始まっている夫婦であるから、強いのであろう。その思いを背負って今の藤川投手の成功がある。ええ話や。

 ちなみに私は子どもの頃から阪神タイガースファンなのである。どうして阪神タイガースなのか。今期はマジックがもう点灯し、優勝候補一番手だが、私の幼少期。どうにも強くなかったのが阪神だったのだ。だいたい、5位とか6位(最下位)とかさ・・・その失敗している阪神がどうにもいとおしく今に至っても阪神ファンだ。近年はプロ野球はそれほど見ないのだが、やはり阪神が勝っているとうれしい。最近は阪神が強いのはうれしいし、失敗から始まっている阪神だからこそ、雑草のように強いのだろうと思っている。

 リンドバーグ「every little thing every precious thing」を聞いてみた。いい歌や。

 私も失敗ばかりしてきている。失敗してめげている人だっていよう。でもね、順調ばかりがいいわけじゃない。失敗しているからこそ強いんだ。そういうことだってある。そう思おう。

2008年09月08日

幸せは自分で作るもの

 さて、例えば朝に焼きたてのメロンパンが出てきたら幸せじゃないかな。そう、幸せなんてそういうところにある。

 お金で幸せは買えるのか?ある意味その答えはYesであろう。

 一昨日から昨日にかけて二夜連続で放映されたサスペンスドラマ、氷の華なんかでは、まぁ、米倉涼子さん演じる悪女は、莫大な遺産を引き継いだピアニストという令嬢役で、お手伝いさんがご飯は温めるだけになっていますので・・・なんちゅーことを言われていたりしたのだが、なるほど、お金があれば、朝に焼きたてのメロンパンをルームサービスでお願いするなんていうことも毎日のようにできるだろう・・・お手伝いさんに焼いてもらってもいい。

 そう、朝の焼きたてのメロンパンに幸せを感じていられるうちは、確かにお金で幸せは買えるのだろう。

 でも、そうなると往々にして朝の焼きたてのメロンパンくらいでは幸せを感じられなくなってきて・・・もっともっとと欲望を募らせていったりするわけで・・・そういうところにお金持ちが舞台のこういったサスペンスドラマが生まれる土壌があるのだろう。

 ともあれ、朝に焼きたてのメロンパンがあればうれしいよね?幸せだよね?そういう人は多いよね。

 だったら自分で作ろうよ・・・

 妻におねだりされて、土曜出勤だった先週の一日だけの休みの昨日にメロンパン作った次第。妻のためというのもあるが、自分自身も幸せになるため。

 ほら♪

焼きたてメロンパン

 これを幸せと言えないで何を言おう。これを冷凍しておけば、今週の朝はいつも朝はトースター2分で焼きたてメロンパンが楽しめるのだ。

 そんなの幸せと言えないという人はよほど恵まれている裕福なところの方なのだろう。

 そう力説するのは、これは非常に手間がかかるからだ。

メロンパン作成途中

 しかし、作れないわけではない。なんだかんだで半日がかりくらいではあるが、一週間分のメロンパンを作ることは素人でも可能だ。私でさえ作れているのだから。

 朝の焼きたてメロンパンに幸せを感じられる人は、一度作ってみるといいかもしれない。

 そこに幸せができあがるのだから。

2008年09月03日

思い出が次々となくなっていく

 さて、気候不順もあいかわらずですが、今日は関東地方は久々に日が出て暑くなったりしましたが、それでも夕方などはずいぶんしのぎやすくなったような気がします。

 こうやって夏が過ぎていき、夏の思い出も思い出になっていくのでしょうか。

 さて、昨日、私が好きだったテレビ番組「学校へ行こう」が11年間の長きに及んだ放映に幕がおり最終回を迎えてしまいました。

 そうかぁ・・・11年間かぁと懐かしく思いますし、実際、この番組を見たさに早く帰ろうとがんばっていたりしたこともあり、勤め人になってからかなり熱心に見ていた番組でした。

 最近はちょっと縁遠くなってしまっていましたが、さすがに、最終回となるとさびしい。いい番組だったなぁと思い出がひとつなくなった気がして寂しかった次第。

 そういえば、青春時代を過ごした仙台でよく行っていた食事所が今夏閉じられていくところがいくつか出ました。

 仙台での独り暮らし・・・独り暮らしと食事というのは密接につながっているものですし、そういうところで青春の一ページを思い出として持っていったものも事実なんです。

 友人と食事しながら語り合った場所だったりもするわけで。

 そういうところがなくなってしまうのは悲しいですね。

 思い出が次々となくなっていくのは寂しい。

 ただね、また、これからもも思い出を作っていこう、作っていっているさ、それでいいんだ。そう思った次第。

2008年08月05日

80年代から90年代にかけてのヒット曲

80年代から90年代にかけてのヒット曲を特集している番組を見ていた。とても面白く引き込まれて見ていた。
カラオケで歌った曲が多くあり、歌える曲も多かったからだ。
いい番組の狙いだなとも感じた。ベビーブーマーたる世代への訴えとして効果的だ。
しかしそれ以降歌える曲が増えていないことにも気づいた。
年をとったな・・・そんな気がした。青春は今や終わったよね・・・
昔あんなに好きだったゲーセンにも今やほとんど行かない。カラオケもほとんど行かなくなった。どちらも若者が好むものだ。
時の移ろいを感じる。

2008年07月20日

がんばれば夢が叶うというのは幻想

 昨日、「ハチワンダイバー -フジテレビ」にいたく感動していた私だ。まぁ、人生あきらめなければ未来があるさという明るい希望を挫折者の立場から描いた点が非常に気に入ったわけだが。

 まぁ、言ってみれば私も挫折の連続だからさ。

 ただ、このドラマもファンタジーとして架空のものとして見なければだめである。

 今日、反貧困―「すべり台社会」からの脱出 湯浅 誠 著 岩波新書 を読了した。要は、スタートラインの初めから差が付いてしまっている機会さえ不平等な現代における貧困の諸相の根深さを描いた論説で、非常に迫力があった。

 そう、がんばれば希望が叶うというのはすなわち「機会の平等」の概念で、非常にアメリカ的な思想であるが、おうおうにしても現代ではうそっぱちである。

 例えば、東大生の親の多くは管理職である。そう、豊かでなければなかなか教育にお金がさけないからである。

 現代の議員においては二世・三世議員が非常に目立つ。どうしてか・・・それは、その親世代が築いた地盤がなければなかなか議員になれないという事情があるからなのは容易に想像できるところだ。

 また、さきの大分の教員採用試験の不祥事に至っては、親に力があるとかコネがあるとかでないと教員になれない感じであったりする。

 こうなると、がんばればなんとかなるというわけではない。そう、現代では機会の平等でさえ保たれておらずスタートラインが違う機会の不平等があからさまに目立つ。

 そんな現代において、がんばればなんとかなるのだという、かのドラマのような展開は甘く耳に響くが・・・そんなのを素直に信じてしまっていては、なんというか自分が苦しくなるだろう。いや、若いうちはいいかもしれない。今となってはそんなのを信じるほど子どもでいては生きてはいけない。

 それはそれで幻想として・・・それでもフィクションの上では幻想もまた楽しからずやという姿勢を持っていく必要があろうね。

 それが大人の幻想の楽しみ方ということであろう。

2008年07月12日

人生は平等ではないってことさ

 まったくついていないことには自信があるような私と妻が・・・異口同音に合致する人生訓は「人生は平等ではないってことさ」ということ。

 そう、戦後民主主義において、人は生まれながらに平等であるという幻想に近い理想が流布してきた。日本国憲法第14条第3項でも「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と高らかにうたわれている。

 しかしながら、まぁ、実際的には生まれながらにして平等ってことはありえないわけで・・・生まれながらの容姿であったり、親の経済力であったり、家柄だったり、コネなりで・・・得する人損する人が出てくるのが世の常で・・・その意味であまり得してきているとは決して実感できない二人の心の奥に積年わだかまってきたわだかまりから吹き出た思いが「人生は平等ではないってことさ」というわけだが。

 大分県の教員採用試験で、コネが横行していて刑事事件になったことが話題になっている。

 ある程度の人生の不平等さはやっぱりしょうがないということで世間には受け入れられてきたんだろう。社長の息子はやっぱり得だし、議員の息子は議員になりやすい・・・これを否定する人は少ないだろう。実際、東大生の多くは経済的に豊かな家庭から出ていることは統計的にも明らかだ。これらは甘受しうる不平等なのかもしれない。

 しかし、庶民の暮らしがひどく圧迫されてきている、ここまで世知辛い世の中になってきて、世間もあまりにもひどいコネ得は許せなくなってきたのが大分の教員採用における不平等が事件にまで発展するひとつの要因にになったんじゃないかな。

 まぁ、ある程度の不平等は人のやる気を引き出すための起爆剤になるものだが・・・あまりにひどいとうまくない。また、もうちょっと世の中に余裕がでないと不平等への寛容さは生まれてこないものなんだろうね。

 勝ち組な経済界の人たちが「ウィンウィンの関係」でなんて言うと非常に空々しく聞こえてしまうが、まぁ、お互いひがみあわないで済むくらいそれなりにみんな笑って暮らせる世の中になってはくれないかなぁ。

 そのためにはある程度社会が豊かにならなければならないのだろうが。

2008年07月08日

修正不能なエラー

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よくコンピューターでは「修正不能なエラー」という表示が出てきて、じゃぁどないせぇっちゅーねん!!とディスプレイに突っ込みを入れたくなるものだが。

私は牛肉をほぼ食べない。BSE問題が気になるからだ。それはポリシーとして貫いてきている。そしてどうしても食べるとしたらBSEリスクが少ないと言われるオーストラリア産だ。

ただ、牛タンに関しては別だ。以前仙台人であったこともある私が妻を仙台につれて行った時にもそのお店がオーストラリア産を使用していることを確認して食べた。仙台の名産の牛タンには郷愁があるからだ。

今日久々に牛タンのお店に入った。仙台風の本格的なランチを千円そこそこでいただけるところなので愛用していたのだ。しかし、諸事情から遠くなってしまったので行けていなかったので久しぶりに行ったのだが・・・

いつもはランチ時には混んでいたのに今日はがらがらだ。席に坐ってしまってから気づいた。牛タンのランチが今はない。牛タン1皿とご飯をつけると1800円を超える。とても庶民の私に手の届く金額ではない。なんだか、アメリカ産牛肉が生後20ヶ月以内のものしか入ってこなくなったことが原因だとしきりに言い訳を聞かされる。韓国では生後30ヶ月ものまでいいのでそっちの方ならいいのにという話をしていたが、韓国ではその制限さえなくそうとして大きなデモが巻き起こっていることを知っているし、生後20ヶ月以下であったとしてもいささか気になるのでアメリカ産牛肉を避けていたのだけど・・・だけど、ここはだからこそ値上げせざるを得なかったとのこと。

やむなくランチにあったリブロース定食をば。なぜに牛タン屋で普通の肉を食べねばいけないのかとむなしさにもかられつつ、千円もするのにということにも落胆しながら、聞いてみるとこの肉もアメリカ産とのこと。

 がくっときてしまった。

 あんなに気をつけてきたのにこんなことでアメリカ産の牛肉を食べることになるとは。

 炭焼きでのお肉は美味しかったけど・・・私のポリシーに修正不能なエラーが残ったのが心残りではある。

2008年07月07日

モスに入るというぜいたく

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 最近は格差の語り部としての自覚を深めている私であるが、モスバーガーに入るというのは結構ぜいたくなんだと思っている。
 注文を受けてからつくるから時間はかかるし、おいしいけど何よりその分値段は高め。
 だから庶民な私には少し縁遠いわけだが、今日は落ち着いた雰囲気で待ち合わせをしたく、また、近くにもっと安いお茶どころもなくいを決して入った次第。
 アイスコーヒーSで200円は予想通りの高価さだが、確かに、高いだけに客層も落ち着きがあり、ここでも語ってきたようなマクドナルドなどでの女子高生たちの騒ぎ声もなければ子供の騒ぎ声もない。快適である。また、さすが炭焼をうたうだけにアイスコーヒーも美味しい。

 お金を払えば快適さを味わえる。そんなのは分かっている。ただ、庶民としてはそれでは満足できないのだ。

 アイスコーヒーSが100円で飲めるのはマクドナルドである。だがそこには環境がいいとは言えない場所も多いのだ。

 安いから仕方がない?

 否である。

 環境のいいマクドナルドを求めるのである。星の数ほどあるマクドナルドの中にはそういうところもあろう。

 それが庶民の格差との戦い方である。

 モスに入るという贅沢をしてしまった今日は妥協をしてしまったということになるのかもしれない。

2008年07月05日

ドラマ「ハチワンダイバー」は実はとてもよい

 一語り「土曜日の深夜の気になる番組」にて、よく見ていると語ったハチワンダイバー -フジテレビ という番組。

  実はマジに面白いことがわかってきた。

 前の語りでは「明らかにB級テイストのストーリー」と定義したが、いやいや、それどころではない、本格派の様相を呈してきているのがよい。

  要は夢をあきらめきれない人間の心情を、原則的には年齢という一点でタイムリミットが来る将棋の奨励会制度を舞台に、ドラスティックに描いたドラマなことが判明してきたのだ。

  あきらめきれない夢ってあると思うんだよね。でも、それをあきらめ、ごまかしながら生きていくのが人生。

 このドラマの主人公たちはそれをあきらめずに泥くさくも向かっていっているのが気持ちよい。  今日なんかは食い入るように見てしまったよ。それくらい迫力が出てきている。

 まぁ、悪役の親玉がかのダースベイダー的に出てきたりところどころ笑いをとろうとしている気配は感じられるが、笑うより以前にストーリーが悲哀に満ちているので、感動の方が先に来てしまうわけで。

  夢をあきらめ、日々を維持することに努めてしまうのが勤め人や社会人のさがなわけだが、週末の夜くらい、こういう夢をあきらめない泥くささを見るのは心地よいのだ。

2008年06月08日

にくにくしい日

牛タン

 そう、にくにくしい日だったわけである。肉々しい日。

 今日はよきにつけあしきにつけ私がお疲れ様だった日だったので、肉でも食いに行くべぇと妻といったお店で、これが一人前の牛タン塩だというから驚き。

 煙がもくもくであるお店であったが、もりもりと肉を食べてきた次第。

焼肉屋

 これだけ頼んで、もりもり食べたら、お腹いっぱいである。

 日頃貧乏をネタに語っているが、ビール大瓶一本付けて1人頭2500円行かなかったのはコストパフォーマンスあふれる証拠で、うれしい限り。

 たまにはいいのだ。貧乏人だってこれくらいの楽しみがなきゃぁ、やってられないからねぇ(^-^)今日は、なんにしろお疲れ様な日だったのだから。

 要は人生メリハリだよね・・・Hunger is the best sauce・・空腹こそ最大の調味料、という格言のごとく、こういう焼肉にしろ毎日食べていれば大して楽しみでもない、かえって痛風になってしまうのが落ちであろうが、日々貧乏しているからこそ、たまの焼肉が珠玉の味に思えてくる。貧乏するのもわるくないわい・・・かな、やせがまん?(^-^)

張ってメシが食えるのならいくらでも張るけどさ

 最近、春口裕子さんの小説にはまっている。「イジ女(め)」という小説本のネーミングが座布団3枚ものだなぁと思いながら読んだらはまった次第。

 女性のイジメ、見栄張りなど女性的陰湿ダークサイドの悪質系ストーリーが満載で、この作者、もともとは損保会社で勤めていたようで、そのへんの陰湿話がかなりえぐく描かれていて非常にインプレッシブなストーリーになっているから、はまりこんでいる。

 その後、「女優」「ホームシックシアター」などのこの作者の小説本をはしごしていっているのだが、その中でも「女優」はなかなかにすごくインプレッシブである。なんというか、女性はこんなにも見栄っ張りなのかと思わされる部分が特にえぐい。いや、普通のOLなんだけど、これでもかっていうほど見栄を張っている描写が出てきて、だからこそ、タイトルが「女優」なのだろうけど、すごい描写なのだ。

 私自身は見栄なんて張って得するものでもなければ、メシが食べられるものでもないから、あまり重視していない分野なわけだ。だからこそ、おしゃれとかかっこつけとか・・興味があまりないわけで。

 でも、そういえば、ゴミ捨ては私の仕事になっている。というのも妻がちょっとそこまでという時も、やはり、すっぴんでは出にくいからだそうだ。そう、女性は化粧なしで外に出るのはタブーなわけなんだろう。まぎれもなくそれは見栄だろう。

 もちろん、妻は化粧にお金をたくさんついやすでもなく、そのへんでは最低限の見栄張りであり、そういう質素なところが私の価値観にも合うのだが、それでも、見栄はある。

 見栄を張ってメシが食えるのならばいくらでも張るのだが、あまり、見栄に価値を置きたくない私にとって、この「女優」という小説本では見栄のむなしさを訴えているストーリーであり、非常に私の価値観に合致する。

 見栄って、ほどほどでいいと思うんだよなぁ。

2008年06月07日

またまたクモ襲来

今日の一語り: 新居でもクモにインベイドされる などで語ってきたように、大きなクモが家に入ってきてびびることが過去には結構あった。しばらくなかったわけだが・・・。

妻が、どうしようという声をあげていたから、どうしたのかと聞くと、大きなクモがいるとのこと。

慣れてはいないが、何かで捕獲しなければ・・・ということで、思案しながら見つけたのが、DVDケースの蓋。

大きなクモ捕獲

無事に捕獲し、外に二がしてやった次第。

これだけの大きさだとやっぱりびびるが、大騒ぎしたわけではなかったりもする。慣れと言えば慣れなのだ。結構落ち着いてツールを探せたような気がする。

人生は経験だよね(^-^)ふぅ。

2008年05月08日

連休明けの「やられ」に感じる、労働の義務性

 昨日は完全にノックアウト状態でした。4連休明けのの仕事・・・疲れます。昨日の一語り: よろよろ・・・で明らかなように。

 この思い、多分私だけではないんでしょうね。
 その思いは勤め人の皆さんは共感いただけるところと思います。
 要するに、仕事というのは一つの義務であり、義務は心地よいものではないでしょう・・・拘束されているようなものですから。
 ただ社会にとって仕事というのは必要な活動なわけで個人にとって心地よいかどうかは問題ではなく、人々にはしてもらわなければならない活動なわけで。
 憲法において納税、教育と並んで国民の三大義務として課している理由が体で実感されるのが、そう、連休明けですよね。

 そう、明文で規定しなければ誰もしたくないもの・・・それが、義務なわけで・・・その中に仕事もあるわけだから。 

 まぁ、こういうことを言っていると、仕事は楽しくやるべきものだとか、仕事はクリエイトしていくべきだという主張も出てくるかもしれない。

 ただ、そういう主張には

 創造的労働者の悲哀 (内田樹の研究室)

 を論を引きたい。

 「働きたいのになかなか仕事に就けない若者は「自分に向いた仕事、自分の適性や能力を発揮できる、クリエイティブで、見栄えがよくて、できれば賃金の高い仕事で」働きたいという条件に呪縛されているからである。」

 とそこには語られており・・・

 「しかし、残念ながら、労働は自己表現でもないし、芸術的創造でもない。   とりあえず労働は義務である」

 としている。

 よって、東大生などのような高学歴エリートは、その呪縛により、創造的労働を求めてさまよってしまうというというテーマの論であるが、大いに賛同したいところです。

 そう、労働は義務である・・・だからこそ、連休明けは「やられる」のですよ。創造的な仕事で楽しくて楽しくてたまらず休み明けが待ち遠しい・・・って人はいるのかなぁ・・・現実の世界で。

2008年05月06日

年収300万円時代の男の戦い方

 おじいさんは山に芝刈りに、おばあさんは川に洗濯に・・・「桃太郎」の有名な冒頭であるがここからわかるのは古代の生活が推測される。男と女の役割的に観点で見れば、男は比較的遠くに生活の糧を得る仕事に行き、女は家を守るために比較的家の近くで動いているという生活形態が推測される。芝刈りがどれくらい生計を支えるのに役に立ったのかは、貨幣経済だったのか現物経済だったのかを問わず、芝刈りにどれほどの経済的意義があったかはちょっと疑問であるが、男が遠くに行き、女が家の近くにいるという生活スタイルはそうだったんだろうなとは思うのだ。

 近代に目を向けると・・・私はちょっと前、2006年にはNHKの大河ドラマ「功名が辻」をはまって見ていたものだが、その主人公は山内一豊という大名になる武士の話であったわけだが、その主人公がなにかというと、その妻に「手柄をたてて出世する」という旨をしつこいほど繰り返していたが、そこか、らは近代武家の、男は戦い、女は家を守るという生活スタイルがしつこいほど強調されている。「手柄を立てる」などと言えば聞こえはいいが、自らの君主というあるひとつのイデオロギーに対立する敵を殺すという非人間的行為の結果なわけであるわけで、平和論的には皮肉なことなわけだが、まさに男は外で戦い女は内を守るという生活形態だったんだろう。

 その後も、その基本構造が変わらず、武家政治が終わり明治時代になっても家父長制に象徴されるように男が外で戦い女が内を守る構造は変わらず、戦後も高度経済成長時代においては、経済的に稼ぐことが至上命題となり、男は企業戦士として朝から晩まで働いて、女は家で育児・家事というスタイルが定着してきたのは、私は今30代半ばであるが、私たちの親世代のことであるからよく分かるところになってくるわけだ。

 ここまで終始一貫して、男は遠くで戦い(ここでの戦いは殺戮のみならず、積極的に経済的なアドバンテージを取ろうとする立場も含む)、女は家や内を守る方向に動くという生活力学が見えてきている。

 しかし、高度経済成長時代が終わり、団塊ジュニア世代の私たちの時代は・・・様相は異なってきている。

 男が外で十分な戦いの成果が得にくくなってきている時代・・・そう、森永卓郎が名付けた年収300万円時代である。2006年の流行語大賞のトップテンにも入ったインパクトのあるワードであるから知っている方も多いだろう。

 男が外で十分な戦いの成果・・・そう、稼ぎが得られなければ、女が外で戦うという路線も出てきているし同時並行的に進展している男女同権意識の進展もそれを後押ししている、近年流行のワークライフバランスの識者が語るところでは昔は男一人働けば子どもを2人くらいは育て得たが、現在では子ども一人も育て得ないという主張もあることを聞いたことがある。

 確かに、今、男は稼ぎ得なくなっているのは事実だ。

 であれば、女性も戦いに参戦せざるを得ない・・・なるほど、それはそうだろう。

 ただ、それだけで満足していいのか・・・男は戦えないから戦わなくてもいいのか。

 否であろう。年収300万円時代の男の戦い方だってあるであろう。

 こんなことを力説するのは・・・今朝の私のある動きがあったからだ。

 そう、私は起きて新聞に入っていたスーパーのチラシ広告を見ると・・・いつもは行かない遠くのスーパーでスライスチーズが安売りされているのを知ったのだ。

 少し話はそれるが、最近本当に乳製品が高い。バターなんて、品切れを起こしているしねぇ。スライスチーズだって、デフォルト10枚入りで、安売りで150円くらいだったのが、今では、安売りで8枚入りで160円台・・・それでも、朝一番に走る価値はある。

 妻に、行ってくるわと、GW休日最終日にスーパーの開店時刻目指して自転車を走らせたのだ。

 まぁ、スーパーの安売りの朝一番に行くのは大変なのである。まず、開店前に行列ができていることがある。限定数の商品であれば手に入らないことだってある。手に入っても、レジに並ぶのがずいぶん待つし、また、荷物が重く・・・一種の洗浄である。妻に買い物行って来てねと頼むのは、気が引ける。

 そう、年収300万円時代の男の戦いの場はここにあったのだ。

 確かに、安売りに走っても割引額はわずかである。でも、ちりも積もればである。この年収300万円時代は、収入を増やすより支出を抑える方が重要なのである。収入を増やしにくいからこそ年収300万円時代なわけであるから。先の武将山内一豊的に「手柄をたてよう」とばかりではこれからの男は意義がない。それはそれでさりながら、今までは内・・・そう、おばあさんは川へ洗濯へ 的な内的仕事の中にも男が腕力を生かして動けるフィールドがある。

 無事に、安いチーズを買い、トマトパックも安かったので買い、そのほかパン、うどんなど安かったので買い、休日の遅い朝食前の一仕事を終えた私は思ったのだ。 年収300万円時代の男の戦いのフィールドは、今までの内的領域にこそあるんじゃないかって。

 そうして、この語りに至ったわけで。

2008年04月17日

職場で感情的交流を持てる相手に出会うということ

職場飲みの日であった。
3月4月という年度変わり目はなんやかんやと飲み会は多くなりがちであるが・・・
その後に、後輩と差しで飲んだのだ。
この後輩君とは今日が最後で離れ離れになってしまうので、それこそ名残惜しく、二人で焼き鳥をつまみながら、ゆっくり飲んでいた。
学生の頃は、勉学とともに感情的交流を持てる相手、すなわち友を探すことがひとつ課せられた課題であるわけだが、社会人になると、職場というフィールドでは表面的交流にとどめて深入りしない付き合いばかりひろがっていくきらいがある。それはそれで、社会人の処世術として必要なわけだが・・・たまには職場においても感情的交流を持てる相手ができることがある。
 今日飲んだ後輩はそういう相手であったわけで、別れに際してもう少し飲みたいねということになったわけで。
 仕事という「公」の場で出会った相手とは「私」の部分の話はあまりしない暗黙のルールがあることが職場で感情的交流を持てる相手が少ない所以であろうが、この後輩とはその辺も話せるわけで心地よい飲みになった。
 お互いの人生論も語りつつ、今後ともがんばっていこうねと。
 うん、がんばっていってほしい。
 今日はありがとうねと伝えたい。

2008年03月30日

3月から4月にかけてのあごニキビ

 3月から4月にかけて、みなさんにとってどんな時期だろうか?

 桜の季節・・・確かにそれはそうであろう。この週末はとっても桜がきれい。ここ関東地方ではほぼ満開で絶好の花見日和だった。

 また、4月からいわゆる新生活に突入する人も多いだろう。

 4月とはそんな時期だ・・そう、日本においては。4月から社会人になる人、大学に入る人、高校に上がる人、中学に入る人、また、社会人においても、新しい部署に移る人、転職して新しい会社に入る人、それぞれだろう。

 まぁ、日本では12月から1月にかけての「年」の変わり目が、実家で年越しをする、年末年始の長期休暇にて海外で年越しをするなどのいわゆる「私」(プライベート)の部分での年の変わり目の意義あいが強いのに対し、この3月から4月にかけての年度の変わり目は、前述のような「公」(パブリック)の部分での年の変わり目の意義あいが強くなる。学校を卒業する、入学する、職場が変わる、同僚が変化する等々である。

 最近は、ガソリン税の暫定措置の期限が、今月いっぱいということで非常に政治的に緊迫していることが報じられているが、これも「公」的な年の変わり目が3月から4月にかけて設定されているという象徴的な出来事だろう。

 ともあれ、「私」の部分での年の変わり目が、まぁ、一般的に楽しいことが多いのに比して、この4月の「公」の部分での年の変わり目は必ずしも楽しいとばかりは言っておられないことが多い。新環境でやっていけるかどうかの不安があったりして、わくわく半分はあろうとも、不安半分はきっちりあるという複雑な心境で落ち着かなかったりするものではないだろうか。

 まぁ、そんなわけで、私自身も3月から4月にかけての年度変わりは落ち着かず、また、その気苦労からストレスもたまるのであるし、確かに、この時期、気疲れはあったりするわけで。

 私などは社会人生活も長いし、まぁ、いろいろ思うに任せぬことが多い人生を歩んできてしまっているため、まぁ、慣れたところかなぁと思っていたが・・・

 最近、どうも「あご」にニキビができてしまう。なかなかに治らないなぁと難渋していたので、。ちょっと調べてみたんだよね、「あご ニキビ 原因」というワードで検索をしてね。たいした結果は期待していなかったのだが、意外にもぴったりの理由が出てきた。

 あごのニキビはおとなニキビと言われるものらしい、そう、大人になってストレスなども原因となりできるものであるとのこと。

 なるほど、それならわかった。年度変わり、慣れていると思っていたことであったこの時期の気疲れがストレスとなって、あごニキビとして出てきたのか得心がいった次第。

 まぁ、なるべくゆっくりと・・・やっていこうかな。そんな風にニキビ薬を塗りながら思った次第で。

2008年03月26日

独学で簿記3級

 今日、平成19年度 第118回簿記検定試験(平成20年2月24日)の結果が出まして、3級に合格していました♪

 率直にうれしいです。

 2級も同時に受けていたのですが、こちらはだめでした。まぁ、年明けから簿記の勉強を始めたので、これはしかたなし。

 3級は大丈夫かなという思いもあったのですが、やはり、模試を経ないでぶっつけ本番でしたので、本番では、落ち着いてやれば問題ない大問に時間の焦りを感じてあわててしまい、どうにも、受かった気がしなかったため、受かってよかったぁと、よろこびひとしお。

 まぁ、ふと思い立って始めた簿記。年明けからの1ヶ月ちょっとの勉強でしたが、何とか間に合ったというところでしょうか。

 電卓も新調したりして、実際、電卓を早く打てるかどうかも合否に大きく関わってくるところでしょうか。

 ともあれよかったですわ。

 次は2級を目指してみようかな。

2008年03月10日

東大への道を歩く

 昨日の日曜日の散歩の続きを語ろう。

 麹町の東京グリーンパレスでたらふく食べた後、その後はいわゆる東大への道とでも言うべき道を歩いてみた。

 東大への道なんてものがあるのか?そういう道がかつてあったのだ。

 そういえば、雑誌「AERA」最新号(3/17号)で「東大卒「人生格差」」という見出しがあるようなのだが・・・

 世の方々は東大に入ればすべて安泰という考えをお持ちなんだろうか?多分そうなんだろう。
 であるからこそ、そう、東大信奉とでも言うべき社会通念を頑迷にお持ちだからこそ、こんな見出しが成り立つわけだ。

 なるほど、東大に入れば世間一般で言うところのエリートコースの世界には入りやすいだろう。しかし、エリートコースに入ればそれで左うちわで生きていけると思われているのがおかしいところで、そういう道に入ったら入ったで例えば眠れない日々が待っているというわけで。それを乗り越えるのは自分自身なわけで決して東大が力を貸してくれるわけではないからね。

 だから、私から見れば東大信奉などは若干現実性に薄いと思うのだが・・・

 ということを語るするのも、麹町で食事を力一杯しながら思い浮かんだフレーズが「番町・麹町・日比谷・東大」というフレーズだったから、その道を歩いてみようかと第一の散歩ルートを定めたため。

 そう「番町・麹町・日比谷・東大」というのはいにしえの東大信仰を表す言葉であり、まぁ、番町小学校、麹町中学校、都立日比谷高校を経て東京大学に合格するというのが、今で言う受験キッズやお受験ママの夢のコースだったから。そのために越境入学をさせることが流行ったなんて聞くんだけどね。高校の偏差値と受験: かつてのエスカレーターコースは今?という記事は実際にそのコースを目指してこのコースに乗ったひとの体験談である。
まぁ、都立日比谷高校が東京府立一中だった頃の威光が残っていた頃の話だから、もう何十年も前の話になるんだが。調べてみると1950~60年代での東京大学合格の全国一位が都立日比谷高校だったらしい。その後、あまり評判のよくない学校群制度を取り入れた都立高校が進学成績において凋落の一途をたどって、日比谷高校も学区のトップ校ではあるものの東大合格者が激減してからはそういう話もなくなったようだが、まぁ東大信奉というと先の「番町・麹町・日比谷・東大」という言葉が思い出され、せっかく近くまで来たんだから行ってみようかと歩き始めた次第で。

 番町小学校にまず行ってみる。千代田区立である。千代田区といえば私が小学校で習ったときからもそうだったように昼間人口に比して夜間人口が極めて少ない土地柄。校庭を眺めてもそこに土はない。狭く囲われた固いグラウンドの空間である。セキュリティ面では優れているのだろうがここまで囲われていては、ちょっと刑務所内の運動場のようにさえ連想させてしまうが、このへんの地価を考えれば仕方ないことはわかる。その分、校舎は非常に新しい感じで外に掲示されているし、掲示されていた校内活動報告も立派で、やはり周りの富裕層が通っているのがよくわかる感じに感じられた。調べてみると、麹町ウぉーカーNo100(番町小学校)に詳しいが、とても歴史のある名門校らしい。なるほど。また、このへんの地名が二番町とか四番町など、~番町という地名で・・・なるほど、そこから番町という地名になったのかなという推測がついた。

 次に麹町中学に行ってみる。こちらは番町小学校よりも広い感じ。周りにはホテルなどが多く、私が行った日曜日は就職活動帰りなのかなぁという感じのスーツ姿が目立ったりした。校舎は古い感じである。番長小学校から麹町中学に行く途中の麹町界隈には参院議員宿舎があったり、どうにも、政治色が強く感じられる。こういうところで小中学校時代を過ごせば、どうしてもゆくゆくは政治家を目指してしまうかもしれない。そのためには政治家を実際的に補佐する行政官僚を目指すのが近道であることは今も昔も異ならない、となると東大に入ろうという志向に直結するのは疑いないのかもしれない。


 お次はかつてはその東大への直結校的意味合いのあった都立日比谷高校である。府立一中という府立高校ナンバースクールの正当的流れをくむ日比谷高校は、今で言う開成高校や灘高校などに比肩するような圧倒的な東大合格率を誇っていたわけで、そのような威光は、例えば、井上ひさし氏の小説「青葉繁れる」などを読むとよくわかる。番町小学校ここにいたると場所的にはもう国会議事堂のすぐ裏ともいうべきところにあった。自民党本部なんかも見えちゃいそうだし、ぐるっと回っていくと料亭なんかが並んでいる道に出ちゃったりして、そして私は国会議事堂前の地下鉄駅に着いてしまったりしていた。こうなると、前述のような政治志向もあいまって、いやがおうでも日比谷高生は東大を目指してしまってしまったのではないだろうか。最近は学校群制度も廃止されてきており、日比谷の復活の線も出てきているようである。

 まぁ、こんな感じで実際に東大への道を歩いてしまったわけだが、なかなかに興味深いものがあった。実際に歩いていみると、なるほど、そんなものかなぁと肌で感じられるようなところもあったりもした。昔の受験生たちの息吹を肌で感じられるような気もしてね。 その道を歩ききった者が幸せになったかどうかは定かではないが、多くの者がこの道を歩きたがったということも事実であろう。

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2008年03月07日

銀座で旧友たちと会う

 今日は銀座で大学時代の旧友および後輩たちと会合。

 後輩の一人が結婚したのでそのお祝い兼ねて集おうということで。

 銀座などというしゃれた場所に行くのは本当に久しぶり。妻同伴での銀座。妻と銀座に行くなどということは本当に久しぶりだ。

 予約してもらっていたお店が、ぐるなび - 串焼き・豆冨料理 つくね十番 銀座店である。

 コース料理で予約してもらっていたが、さすがに銀座のお店、サービスがソフィスティケイテッドされており丁寧、料理も非常に美味しいものばかり。

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  お酒も、飲み放題コースだったので遠慮なくいただけたし・・・

 焼酎のそろいがよかったので、さつま美人のお湯割り、黒伊佐錦をロックで一杯という感じで、あとはビールを。

 そして、やはり、久々に会う、旧友および後輩たち