メイン

2008年11月05日

いろいろと

 今日はいろいろとめまぐるしくニュースがあった日だった感じだ。

 中でも、やはりアメリカ大統領選でオバマ氏が選出されたことがもっとも注目されるもののひとつだろう。

 やっぱり、歴史的なことだと思う。

 自分自身はちょっと疲れていて、情報過多状況であるため、受動的にニュースを受けるばかりだが、なんかめまぐるしくいろいろ動いているなぁと実感しつつ。

2008年10月26日

今年初も牡蛎に感じる郷愁

先日から、秋の味覚、カキの出荷が宮城県で始まったことを報道で知った。

 asahi.com(朝日新聞社):鍋の季節へ準備着々 宮城、カキむき本格化 - 社会

 河北新報ニュース 小粒に味凝縮 宮城県産生ガキようやく初出荷(河北新報サイト内) 

 などなど。そう、河北新報と言えば仙台の地方紙の雄でとても懐かしい。

 東北は仙台にて青春時代を過ごした私としては、宮城のカキというと郷愁を誘う存在である、そのカキが先頃初出荷されたというニュースはなんとなく心にとまっていた次第。初がつおを争う江戸っ子のごとくには買いに走らなかったものの、今日買い物に行って安売りされている牡蛎を見るに宮城産。隣にあった広島産より小粒に見えるも、安いし、なるほど・・・初出荷の影響かなと思いつつ、広島産ではなく宮城産を購入したのはその思い入れゆえであろうか。

 加熱用を買って、鍋にして、妻と一緒に食す。

牡蛎鍋

 だんだん寒くなってきたので、鍋がとても美味しいね。鍋は野菜がたっぷり取れるのでいいよね、手軽に野菜が食べられるから。

 宮城の牡蛎は懐かしく、そして、美味しかった。その美味しさと共に、郷愁を味わった次第。秋はもの思ふ頃なれば、いろいろ懐かしむもまたよしだろうか。


2008年10月11日

ノーベル賞受賞者の言葉を拝聴する際の構えについて

 最近、話題になっていることでポジティブなものとしては、日本人のノーベル賞受賞ラッシュだろう。物理学賞で3人受賞。化学賞で1人受賞。とても見事である。

 喜ばしいことには違いないし、すごいなぁと感じる。

 ノーベル賞の物理賞にしろ化学賞にしろ、医学生理学賞にしろ、サイエンス系のノーベル賞は、おおむね基礎科学の研究成果が評価されるところであろう。

 だから、基礎科学が重要だと言われる所以であるが・・・一方で基礎科学を専攻して行くに際しては、よほどの覚悟が必要なのである。要は、「食えない」から。

 大学に行った人はみなお分かりだろう。基礎科学を専攻して院まで行ってもなかなか就職に就けないことを。また、博士号を取ったとしても、それが飯の種にもなりにくいことを。

 Amazon.co.jp: 高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書): 水月 昭道: 本 を読んだが、そのへんが詳しく出ている。博士号は足の裏の米粒のようなもので、取っても食えないが、取らないと気持ち悪いというくらいものもだということが様々な例に従って伸べられている。

 また、足の裏の米粒-生理研を去るにあたって - 教授エッセイ - 大阪大学大学院 認知脳科学研究室:藤田研究室 の記事を読んでも、そのへんがよく分かる感じだ。

 要は、基礎科学の研究者としての成功はとても難しく、ごく一部の限られた、卓越した能力と運に恵まれた一部分の人が飯の種にできるということ。

 物理学賞を取った3人の先生の専門は素粒子論とのことだが・・・これは基礎科学のうちでも難解なものの代表で、とても才能がないとついていけない分野のようであり医学部に入るのと同じくらいの知識レベルのようだ。ただ、医学部はその後の医者としての社会的身分が保障されるのに比して、素粒子論ではなかなか食べていけない違いがあるらしい。

 そして、どうしても研究生活と就職という点で思い出してしまうのが、広島大学教授殺人事件(事件史探求)である。この事件の詳細はリンク先記事を参照頂きたいが、この犯人として逮捕された助手の専攻も素粒子論であったことがどうしても思い起こされる。

 大学の準教授(助教授)にまで登れれば、一定の成功であろうが、そこに至るまではよほどの才能と努力と、あと、運が必要なようである。そこまで登った上でよほどのすぐれた研究業績を残して初めてノーベル賞という高みに登れる。それはすごいと思う。

 ただ、かなりの才能があっても、食べることさえ難しい人も多いことを忘れてはならないと思う。成功者のポスト数が限られている現実において、才能があってもどれだけ努力して、運悪く思うようにいけない状況があるということを。

 ノーベル賞受賞者たちの言葉は成功者の極みとしての自信にあふれている。そして、それは多分に我々に勇気を与えてくれるものだが・・・

 ただ・・・

 今回ノーベル化学賞に輝いた下村氏の言葉が2008/10/9(木)朝日新聞夕刊の見出しを引用すると

 「子どもには興味あることをやらせなさい」

 とのこと。

 かなりの違和感を感じた。やりたいことをやらせて、それが研究でもいいわけだが、必ずしも成功するとは限らない中で、より食べれる方へ誘導したってそれはそれでいいのではないかと。

 例えば、子どもが素粒子論をやりたいと言っても、それよりも、就職につながる工学をしなさいと言う親だって多いだろう。

 食える学部は概して倍率が高い。文系なら法学部とか経済学部。理系なら工学部か。そう、食えるからこそ人気が高いのである。

 本当に子どもに興味のあることだけをやらせていたら、ほとんどの子どもはゲーム漬けか、ネット漬けとかになってしまわないだろうか。

 僕だって本当に興味のあることだけをやらせていたら、学生時代はガリ勉タイプだったのだが、そんなに勉強する人にはならなかっただろう。今は勉強なり研究の習慣がついているのはそれなりのしつけがあったゆえである。

 もし本当に子どもに興味のあることだけをやらせていたら、引きこもりな感じの成人が多く生まれるのだろう。

 惜しいほどの能力に恵まれた子どもには下村氏の言葉は重要かもしれない。その芽をつぶすようなことがあってはならないだろう。ただ、多くの平均的な子どもにはある程度生存の確率の高い方向への示唆はしてはいけないとは思わないのである。だから、子どもがいくら音楽で食っていきたいと言っていても、大学だけは出ておけとか、法学部を出ろとか言う親は多いだろうし、それがただちに否定されることでもないんだろう。

 ノーベル賞受賞者の言葉は、ピカイチの才能と運に恵まれた人の言葉であって、それが誰にでも通用する金科玉条ではないんだろうなと思うのだ。

 だから、そういう構えでノーベル賞受賞者たちの言葉を拝聴することが必要なのではないかと思うのである。

2008年09月01日

福田首相辞任!?

 なんだかあまり体調もよくない中、テレビを眺めていたら、福田首相が辞任との突然の報。

 夜9時半からの記者会見をライブで見るもやはり理解に苦しむ。

 なるほど、たいへんであったであろう。確かに、今の現状は福田首相に起因するものではなく積年の問題の噴出も多かろう。

 ただ、このタイミングでの突然の辞任は理解に苦しむところだ。これでは阿部前首相と変わらないではないか。

 選挙に勝つために麻生氏へ禅譲というのが直感的に感じられたことなのだが・・・そんなことでいいのだろうか。そんなにころころと首相は替わるべきものなのだろうか。

 この格差社会・・・ここでも多く語ってきているが、そのへんを少しでもよくしていく必要があったろうに。

 政治力学は不可解なものが多いが、今回もそうだ。うーん・・・。

2008年08月08日

五輪開幕をリアルに見るなんて久しぶりだ

 北京五輪開幕式が21時から始まるということでリアルタイムに見てみた。

 社会人になってからというもの、オリンピックに心を向ける余裕もあまりなく、いつの間にか始まっていつの間にか終わっているということが多かったように思う。
 特に開幕式を見ようというほど心に余裕があった時は記憶にないほどだから、ここ十数年来はじめてゆっくりと開幕式を見たということになろう。

 国家の威信をかけた感が明白である大々的な開幕式はかなり見ごたえがあったことは事実だ。

 オリンピックを録画しようなどという家電各社のキャンペーンに乗ってDVD録画装置を買おうなどという浪費をするつもりはさらさらないが、リアルに見ると見ごたえがあったことは事実だ。

 ただその見ごたえの裏にいろいろな政治的な思わくがあるのも事実であろう。まぁ、モスクワ五輪を日本がアメリカとともにボイコットしたため、柔道の山下選手、マラソンの瀬古選手等全盛期の選手たちが涙をのんだ記憶もそう古いものではない。

 今回の北京五輪でも政治的思わくは種々報道されている通りであり、その方面に思い及んでしまうと、見ごたえばかえいを感じいっているだけではなくなってしまう複雑な思いだ。

 今週は暑かったので疲労の蓄積がいつも以上のようだ。まぁ年でもあるが。眠い・・・
 全部は見れそうにもない。お休みzzz

2008年07月09日

ブラジル産鶏肉かぁ

 ブラジル産鶏肉を「岩手産」と偽り給食用に販売した業者が書類送検されたというニュースがあった。

 昨日、私は期せずしてアメリカ産牛肉を食べることになってしまって、修正不能なエラーだなぁと嘆息した語りを語ったわけだが・・・

 私自身はブラジル産鶏肉は結構よく使ってきた。やはり安いからだ。どうも遠くから運んでくるものだなぁとか思っていたりしたが・・・それがこんなニュースになってしまうとは。

 ブラジル産は安いし、かといってとても美味しくないというわけでもなく、ブラジル産ということに特段のアレルギーはないのだが、やはり単価が安いブラジル産を日本産ということで売ることはよくないことだろう。だまし儲けであるわけだから。

 そして、私はブラジル産鶏肉にたまたまアレルギーはないのだが、私にとってのアメリカ産牛肉のようにアレルギーを持つ人がいるかもしれない。

 不特定多数の口に不可避的に入る給食という場に、その肉が知らされずに流れた今回の事件においては、もしかしたら、修正不能なエラーとして心に残ってしまった人を作ったかもしれない意味で、とてもよくないことだと言えよう。

 お金のためならなんでもする!?そんな世知辛き世の中になってしまったんだろうか。

2008年07月06日

格差・不景気の描写が甘いんじゃないか

 7月1日にもまた値上げが行われたものがあったわけで・・・ドラスティックなところではガソリンがレギュラーで1リットルあたり180円を超えたりしているわけである。

 テレビで、その値上げの生活直撃ぶりを描写するのに、都心の日比谷公園にておにぎりにかじりつくサラリーマンにインタビューをしていた。

 家も買ったし、物価高なので弁当にしたといった旨のことを答えていたと思うが・・・

 うむ、私は家も買っていないけど、結婚しただけで毎日弁当である。しごく当然と思っていたのだが(^-^)

 だから、いまさら弁当を持参している光景を映されても、さほどぴんと来ない面がある。

 私はここで格差論を語り続けているが、そんな甘っちょろい話じゃない。弁当毎日は当然のこと、その上で何かできないかと自分で魚を捌くとかメロンパンを自作とか行っているわけだから。

2008年06月30日

コンビニ深夜営業規制に思うコンビニつれづれ

 東京都や神奈川県などの10自治体がkんびに営業の深夜規制を検討していることが報道されている。

 なるほど、青少年非行防止のために、深夜のたまり場をなくそうという意味も大きいらしい。

 コンビニはあって当たり前という意識があるからこそ、この話題が大きく取り上げられるのだろう。

 確かに、今の若い人たちは、生まれた頃からコンビニってあって当然だったのだろうが、私くらいの年代になると、コンビニが出始めたのが中学生以降。だから、あって当たり前というものでもなかった。コンビニが一般化したのは、高校時代とか以降だから、青年期に入った頃でもあるわけだから、あって当たり前意識は比較的薄い。

 今でこそ、コンビニを便利に使わせてもらっているが、なるべくコンビニを避けようという意識が働くのは、やはり、コンビニがなかった時代を長く過ごしたからコンビニで買うのはなるべく避けようという意識が強い。

 コンビニには確かになんでもある。ただ、なんでもあるからこそ、コストはやや高めだったりする。何でもそろう利便性と引き替えにコストが高めなのは納得がいくところだが、もともとコンビニ当たり前世代じゃないので、であれば、わざわざコンビニで買うよりは専門店に行く方がよいと考えてしまう世代だ。

 深夜にコンビニで飲み物を買うよりは100円ショップの開いている時間に100円ショップで買うようにするし、もしくはスーパーでまとめ買いした方が安いかもしれない。そんな意識がいろいろなものにも働き、コンビニではなるべく買わないような身体になっている。

 だから、私としては深夜に開いていなくても、多分大丈夫という思いがあるのだが。

 ただ、そんな単純な話にはならないことも実感として分かっている面もある。山梨の奥の方に住んでいた知人を訪ねた時、コンビニの明かりがまぶしいほどであったことを思い出す。そう、ほかに光るものがないからこそ、コンビニがまぶしかったのだ。そして、大して遅い時間でもなかったのに、そのコンビニでしか買い物ができない状況であった。こうなると、深夜営業禁止となると即時に困るであろうことは容易に想像が付く。

 まぁ、私はそんなわけでコンビニはなるべく使わないようにしてきているが、どうなのだろう、コンビニ深夜帰省は。

 東京や神奈川といった代表的首都圏で鋭意検討されているとなると、もし実施されるとすれば、かなりの影響が出てしまうと思うが。

2008年06月15日

他人事には思えない地震

 先日、6月12日の一語りで語った、仙台からこちら関東に来ていた友人・・・実は昨日までこちらで所用で、昨日、仙台に帰る予定だった。そこに、かの岩手・宮城内陸地震が起こったので、とるもとりあえず、大丈夫かどうか、家族に連絡を入れては?とメールを入れたところ、家族も無事であったとのこと。

 よかった。

 帰りの新幹線等も大丈夫で昨日のうちに帰り着くことができたとのこと。

 宮城県・仙台は私の第二の故郷と思っている地。その宮城県で起こった被害の大きい地震は他人事とは思えないところだ。

 今回の地震で、お亡くなりなった方々には本当に哀悼の意を表します。

2008年06月05日

庶民は浮かれる気分になるだろうか

 東京オリンピック再来か・・・というニュースがかけめぐっている今日。どうやら、2016年夏季オリンピック候補地としての1次選考で東京が一位通過したとのことが話題になっている様子。

 まぁ、それはそれでおめでたいことなのだろうが、それと同時に後期高齢者の問題等も話題になっている。また、道を歩いていても、レギュラー1リットル170円超えのガソリンスタンドも目立ってきている。

 そして、パンもやたら高くなってきている。移動販売のメロンパン屋が、この前まで1個150円だったのに200円になっていたのにはたまげた。

 オリンピックで浮かれるのもよいのだろうが、もうちょっと生活がよくならないと庶民としては浮かれる気分にはなれずというところではないだろうか。

アナゴ蒲焼き

 先日私が作ったアナゴの蒲焼き。アナゴの半身が半額で売っていたから、大量に購入し作り置きする作戦に出ている図だ。

 まぁ、けっこうつましい努力をしているわけで・・・そんな時に、オリンピックが東京に・・・と言われても、そこまで浮かれる気分にはなれないというところか。

2008年06月01日

夏か?

 大分、体調がよくなってきてほっとしている日曜日。

 空は快晴、気温も上昇。

 外に出たら、ふらふら~っと飛んできたものが僕に止まった。

トンボ

 トンボである。

 なんかよろよろ飛んできていた。暑くてよろけていたのか・・・寒かったり暑かったり、トンボも調子狂っているのかもしれない。

2008年05月13日

けちってばかりはいけないなぁ

 まぁ、お金に余裕のない生活をしているわけで・・・

 本代くらいはけちりたくないというポリシーを語っていた友人がいるが、それはその通りだとは思うのだが・・

 ここまで余裕がない生活をしていると、どうも、その本代もけちってしまっている自分がいて、図書館などを大いに活用しながら、それでも、知識の泉たる本代をけちるというのはどうもなぁという思いはあった。

 それを実感したのが今回。

 まぁ、私はパソコン本が本当に好きなわけで、昔は、ストレス解消にパソコン本を読んでいればそれでうれしいというか・・・暇さえあればコンビニからでも買って読んだりしていたものだが、今はパソコン系の知識はひとつ基礎がついたのであとはネットなりで見ていこうという路線であったのだが・・・

 この前、ちょっとストレスもあったのかな・・・どうしても欲しくなって、OSのメンテ本を2冊まとめて買ってしまったのだ。2千円弱の出費。ちょっと浪費したなぁという思いがあったが・・・

 そのメンテ本に沿って、メンテをすると、本当にパソコンが速くなった。そうか、下手にメモリーを増設するとかで万単位のお金がふっとぶよりも体感速くなっている。

 かえって安くついたのかもしれない。

 けちってばかりでもいけないのかと感じた瞬間。

2008年04月29日

バッタ物市に行って感じた世の不況

 さて、世は暫定税率が復活するとかで、ガソリンがリッター30円ほど高くなるため、買いだめに走る人が多いと言うことがトップニュースになっている。また、ガス・電気代もまた値上げということも報道されている。

 なるほど、不況だなぁ・・・こうなると世の中ますます世知辛くなるなぁと感じながら・・・

 今日は妻と、いわゆる、バッタ物市に行ってきた。バッタ物・・・いわゆる、倒産品や質流れ品を格安で販売するフェアへ走ったわけだが・・・いやー、そこの熱気がすごかった。

 開始20分後くらいに行ったのだが、もう既に目玉商品はあらかた売れていて、レジには長蛇の列。

 レジがひとつしかないものだから、もうどれくらい待つのか分からないというくらいの長蛇になる。

 私は、Yシャツなどを格安な物でいいから買いたくていったのだが・・・せいぜい千円札2枚も使わないで済みそうな買い物に、ここまで並ぶのか?と悩むところだが、並んだんだよね。

 そしたら、並んでいる方々・・・老人の方も多かったのだけど・・・老人だと気が短いのか、並ぶのにどれくらい待つのか見通しがつかないのにイラだって帰ってしまう人もいたりして・・・ちょっとすごい状況だったんだ・・・また、人気商品を買い占めに走る集団もあったりしてね。えーっ?って見てしまったりさ。

 僕も、そんなシャツ何枚かのために並ぶのもなぁとちゅうちょしながらも、貧乏人だしねぇと思いながら並んだ次第で。

 僕の後ろにも若いカップルが並んでいたけど、延々、1時間近くも待ってようやっと会計。その間、妻も、商品を見たりしながら・・・なんとか一緒にいてくれた次第で。

 それだけ・・・待ちながら・・・思ったんだ。

 ガソリンが高くなる、光熱費も高くなる、そして、後期高齢者医療制度により、75歳以上の老人に医療保険負担が増加する傾向にある・・・。

 このバッタ物市に並んでいた・・・やっぱり老人が多いのだけれども・・・そういうあおりもないとは言えないんじゃないかな。

 だって、私なんかは、シャツ二枚くらい買ったわけだけど、ちょっと前に並んでいた老人は靴一個のために、そう私と同じくらい、つまり、1時間近く待っていたわけだ。それでどれくらいの節約になろうか・・・せいぜい数百円・・・それは容易に想像できるところだろう。

 不況・・・だよね。

 私自身もバッタ物市に走っていたのもさりながら、そこのでの、ちょっとすごい情を肌で感じながら、本当にそう思った。

 もうちょっと普通にがんばっていて過ごせる世の中がいいんじゃないかな。

2008年04月22日

早起きの日

 今日はゆえあって早朝に起床したわけで。それからすぐに活動。

 早朝起床・活動は、一時的に活性化するものの・・・まぁ、気が張っているからねぇ。夕方くらいになると、だんだん疲れが出てくるものだねぇとか当たり前のことを体で実感することになったりもするわけで。

 結構疲れたかな。

 

2008年04月13日

映画「幸せのちから」を見た

 映画「幸せのちから」( - goo 映画参照)を見た。

 まぁまぁといった映画であった。すごくオススメというわけでもなく、かといって時間返せという映画でもなくというところ。

 感動大作のように宣伝はされるけれども、感動できるかどうかは人によりというところ。

 妻と一緒に見たが・・・

 (以下、ネタばれあり)



 

続きを読む "映画「幸せのちから」を見た" »

2008年04月04日

便利だねぇ宅配便

 ネットオークションで売り主になる場合、宅配便をよく使う。
 いつもなら厳重に梱包したうえでコンビニに持って行ったりして発送するのだが、意外に手間なのが、宛名書き。
 パソコンから打ち出したシートを見ながら店頭で書いているのも結構面倒だし、このデジタルの時代一回打ち出して再度記入しているのもなんか手間であることは明白だなぁと常々感じていたら、自宅のパソコンで送り状がつくれるシステムができていることを知り、今回使ってみた。
 いやね、半信半疑だったんだけど、持って行くときちんと受け付けてもらえたわけで、すばらしいと思った次第。
 宛名もデジタルデータのコピーでいいわけだし、わざわざ書く必要がなくなっているのがすばらしいところ。
 まあ、その宅配会社の顧客囲い込み策であることは明白だが、ここまでかゆいところに手が届くサービスの提供があると応援したくなってしまうのは私だけだろうか。

2008年03月26日

独学で簿記3級

 今日、平成19年度 第118回簿記検定試験(平成20年2月24日)の結果が出まして、3級に合格していました♪

 率直にうれしいです。

 2級も同時に受けていたのですが、こちらはだめでした。まぁ、年明けから簿記の勉強を始めたので、これはしかたなし。

 3級は大丈夫かなという思いもあったのですが、やはり、模試を経ないでぶっつけ本番でしたので、本番では、落ち着いてやれば問題ない大問に時間の焦りを感じてあわててしまい、どうにも、受かった気がしなかったため、受かってよかったぁと、よろこびひとしお。

 まぁ、ふと思い立って始めた簿記。年明けからの1ヶ月ちょっとの勉強でしたが、何とか間に合ったというところでしょうか。

 電卓も新調したりして、実際、電卓を早く打てるかどうかも合否に大きく関わってくるところでしょうか。

 ともあれよかったですわ。

 次は2級を目指してみようかな。

2008年01月27日

年賀状抽選日に思う、JPのがんばり

 今日は年賀状抽選日ですね。知っていました?(^-^)いつもは、成人式の15日あたりにあると記憶していたので、15日くらいにゆうびんホームページをチェックしたりしてしまったのですが、今年は27日になったことに気づいて、がっちり予定表に予定を入れて心待ちにしていた今日。なんでずれたんですかね(^-^)

 まあ、年賀状のお年玉の抽選、気にする人は気にするし、気にしない人は気にしないという感じのようですが、私なんかは小さい頃から年賀状の抽選だけは楽しみにしてきたものです。

 小学生の頃から今に至るまで欠かさずチェックしてきたわけで、私は結構くじ運がいいのか、小学校の頃なんかは枚数少ないじゃないですか、でも、下二桁当たりの切手シートはもとより、当時下三桁当たりの封筒セットとかまで当たったこともあったりして、それ以来とりこななわけで。

 でも、不思議なことに同じくじ付の「かもめーる」(暑中見舞)とかにはそれほど食指が動かずチェックもしないのが不思議なところ。まぁ、もらう絶対数がほとんどないからでしょうかね。

 ということで今年も年賀状抽選の結果をすかさずチェック。妻と一緒に今日の楽しみとして番号あわせをしました。

 まぁ、例年楽しみにする割にはすごく当たるわけでもなく切手シートあたりがちょこっと当たるかなという程度で今年も例年通り。

 ところで、今日の一語り: 大丈夫かね、JP で、昨年の年賀状の遅配が目立って悲しかったという話をしたが、今年は気合いを入れ直したのか、かなりがんばって元旦配達に始まり2日も3日も休まず配達してくれたようであり、がんばってくれているなぁと思った次第。これならこれからも年賀状は出していこうと思えるがんばりに思えた。昨年より格段に早めに手元に届く努力をしていただいているのが実感として分かった。

 だから、JP、がんばっているなと。このまま、がんばっていってほしいものですね・・・私の愛するお年玉付年賀状は今後も出し続けたいしもらい続けたいし、その意味で今後も気持ちよく年賀状をやりとりしたいもの。

2008年01月16日

確定申告をして学ぶ

今日は税金の確定申告の計算をしたりしていた。

昨年は3月頃ぱたぱたとやっていたことである。今日の一語り: 確定申告をした。いわば二人の生活を維持するために に詳しい。

貧乏なので、確定申告にて払いすぎの税金(主に医療費)に関して還付を受けようというがんばりの作業である。

昨年は妻にも一生懸命やってもらっていたが、要はこれは私の所得に関する税金の作業なので、今回は私が主になってやってみようかと計算してみたりしている。

確定申告の計算をすると、自分がどんな風に税が徴収されているかよく分かって面白い。

長年、税というのは難しいなぁと敬遠してきたが、ちょっと腰を据えてやってみると・・・なるほど、自分はこんな風に計算されて税が徴収されているのかと興味深かったりもする。



 

2007年12月05日

だって、もったいないじゃない、食べられるのに悲しいじゃない・・・テラ豚丼騒ぎに思う

 昨日、スポーツクラブに行ってトレーニングをしながら、午後6時台のニュースを見ていて目にとまったのが、「テラ豚丼」騒動。

 要は、吉野家店員と推定される者が業務時間中に、他社のメガ牛丼に対抗して、盛りに盛った豚丼を作っているのを携帯動画で記録し、動画投稿サイトに投稿し物議を醸し、吉野家が謝罪文を出したという騒動である。

 なんか悲しさを覚えた。

 なぜ悲しいか・・・私はご飯お代わり自由とか大盛り無料とかに安心感やうれしさを覚える、食べること大好き人間だからだ。

 だから、その動画を見てまず思ったのは、すげぇという感覚である。どうせ食べきれないのだろうけど、そこまで盛られるとワクワクしてしまうのが食べること大好き人間のさがである。先日も、激盛りの店に妻を引っ張って行って来たくらいだから・・・おぉと思ってしまったのだ。

 しかし、その次に去来したのが、そのテラ豚丼は多分誰に食べられることもなく捨てられるのかなぁという悲しさ。

 確かに、品質管理上、作った料理もある一定時間が経過すると捨ててしまう部分が出ることは必定であろう。

 それを捨てずに、売ってしまえば、さっきのマクドナルドでの売れ残りサラダの調理日時シール張り替え事件につながるのだから。

 和製ファーストフードたる牛丼屋で客を待たせることは一番避けられるべき課題であろうから、足りないよりは作りすぎる方がよいという考えが先行するであろうから、捨てなければならない部分がかなりたくさん出るであろうことは素人考えでも容易に想像が付く。

 その意味で、そのテラ豚丼を作ったそういう捨てる部分を使って、テラ豚丼を作ったのだからいいじゃないかという考え方もあるのかもしれない。

 でも、悲しいんだよなぁ・・・捨てられてしまうのが。

 ところで、小さい頃、ハンバーガー店に行くのが楽しみだったんだよね。なかなか連れて行ってもらえる場所ではなかったから。

 でも、それこそファーストフードの元祖たるハンバーガー店では作って一定時間経った商品は廃棄するということがある程度公然の事実であろう。

 でもね、それを目の当たりにしてしまったんだよね。小さい頃ね。店員が私の視線の先で、ハンバーガーを何個も一気に捨てているのを。

 見えるところでやらないでくれというのが私の切なる思い。

 なんだったら、私がいただきますから・・・とその時切に思ったものだ。

 今回のテラ豚丼騒ぎでその思い出がよみがえってきてしまった。

 確かに、いかに捨てる豚とはいえ、食べ物を遊び半分に使って、それを公に公表したことは、倫理上許されないことかもしれない。そこが今回の騒動で非難が集まった点である。

 それはもっともであろう。

 それとともに、もったいないじゃない・・・食べられるのに悲しいじゃない・・・そんな思いが僕の胸に去来したのだ。

 いや、それ、僕に食べさせてくださいとさえ思ったのだ。ちょっと塩分過多な気もするけど・・・・うん。

2007年11月21日

大丈夫かね、JP

 今日の朝日新聞の朝刊を眺めていたら、「年末調整用の保険料証明書 かんぽ、発送遅れ890万件」という大見出しが目にとまった。

 私もこの前苦労して年末調整の書類を職場に出してきたところだが、保険料証明書が遅れるというのはさぞかしやきもきしたことだろうことは実感として共感できる。

 書類を揃えるのにかなりタイトな締め切りが設定されていて毎年圧迫感を受けてきているのは勤め人諸氏であれば総じて分かるところではなかろうか。

 今回の遅れ・・・全契約数の約15%におよぶ影響だったようだ。

 郵便局でも頼めば発行してくれるし、年末調整の書類は後でも出せるから実害は出ないであろうとかんぽ生命保険側は言っているようだが、どうかなぁ・・・。

 年末調整の書類後出しは、決して好まれることではなかろうしね・・・あとはご自分で確定申告してくださいと言われてしまうかもしれない。

 JP・・・日本郵政グループ・・・大丈夫かね?と思ってしまう。

 今年の正月・・・元旦にやたらめったら届いた賀状が少なかった。僕ってこんなに友達少なかったっけ?とこれはマジでショックを受けていたことだったのだ。

 この一語りで語らなかったのは・・・まぁ、本当に友達が少ないということもあり得たからなわけだがね・・・

 その後、今年も終わらんとしている今、今までの報道や、ネット上の風聞を見ても、今年の年賀状は遅配が目立ったのは事実のようだ。

 確かに総数としては、別に、大幅減少したわけではなかったので・・・どうやら友達激減という憂き目ではなかったのだと安堵したが・・・それにしても、気分のよくない正月を過ごさせてくれたものだと、悲しくなってみたものだ。

 JP・・・日本郵政グループになる直前の日本郵政公社のしたことではあったが・・・その後のJPにしてこの事件。あまりしゃれにならないのではないか。

 私は、従来、郵便というものに非常に信頼を置いてきた。

 最近、利用し始めたDVD宅配レンタルでも、郵便かメール便を選べるので、初めメール便にしたが配達まで時間がかかったので、郵便に変えたくらいだ。

 大丈夫かね、JPと思う次第である。

 合理化という名の下に、人員も削減され、大変だということはよくわかる。要は経費というお金の問題だ。

 しかし、信頼というプライスレスのものを失ってしまう大きさも考えねばならないのではないだろうか。

2007年10月26日

ちょっとうれしかったこと

 我が家は、テレビの横にパソコンがある。

 いらなくなったパーツを寄せ集めて作ったDVDレコーダー代わりのPCなわけだが、DVDの再生がかくかくしてしまったりして、どうもパワー不足なのかなぁとか思いながらCPUを交換してみたりしたが、どうにも直らない。

 まぁ、ハードディスクに録画した映像はきれいに見えるので、放置しておいたのだが、今回思い立って、ちょっと転送モードをいじってみたら、急によくなった。

 DVD再生のかくかく感がまったくなくなって、音声もきれい。

 思い切ってDVDレコーダーを買おうかとか妻と話していたところだったので、よかった・・・大幅な経費節減である。

 ちょっとうれしかったこと。

2007年10月03日

今回の沢尻エリカさん問題を通じてウェブの使い方の仁義を考える

 まぁ、ちまたで沢尻エリカさんという女優が自分の主演映画の舞台挨拶で仏頂面の不機嫌を通してガンを飛ばしたりしていたことが話題になっているようだ。

 なんだか興味があるので、いろいろと探ってみたりしているが・・・なるほど、そのシーンを見る限り、これはちょっといかがなものかと感じられた。

 賛成派、反対派、諸説取り乱れているようだが・・・やはりわたしゃ賛成しかねるわけで。なんか、頭くるよね。

 その理由を考えてみると、女優なれば、見られてなんぼの世界であるし、そこで愛嬌なりを振りまくからこそ、アイドル=偶像たりえるわけで、仏頂面のアイドルなどは誰も求めないではないか。

 そのアイドルに対して、社会は、21歳という若さに対しては法外なギャラというゲンナマ=現金でもって報いているわけであるから、その意味でプロ意識に欠けると言わざるを得ないではないかなと思うのである。

 なるほど、その仏頂面の原因として、その主演映画に関する100件を超えるインタビューなりを受けていてもうそろそろうんざりであった、舞台挨拶のしきりが悪くて準備も整っていない中で呼ばれてしまった等、自分に起こることでもいやだなぁと納得できる要因もある。

 ただ、われわれ普通の労働者は、大して高くない賃金で、いろいろな矛盾に耐えながら、日々一生懸命生きているわけである。大して無駄遣いしなくても、大して貯まらない・・・そんな中を生きているわけであるから、ほら、明日の仕事でのいやだなぁと思うことを思い浮かべれば、沢尻エリカさんがいやだったなぁと感じることは、われわれだってその賃金に相応のいやなことはあるわけである。そんな中、21歳にして法外なギャラをもらっていることが容易に推測のつく彼女がそう言う態度を「公」の場で行っているのは見るに耐えなかったわけで。

 その意味で、今回の問題は、大いに問題であり、21歳という若さゆえとか、女王様キャラだからとかいうことで納得してしまってはだめなんだろうなと感じた次第である。

 それは、それとして、その沢尻エリカさんが、今回の件を自分のホームページにて謝罪をしたという。

 時事ドットコム:沢尻エリカ、公式サイトに謝罪文

 これもなんだかなぁと思う。

 これはこの件に限ったことではないのだが、私は、1997年からホームページ作成というのを趣味を超えたライフワークとしてやってきたことからひとつホームページをそのように使うということに違和感を覚えるのだ。この件もそうだが、芸能人が、おおっぴらに言っては角が立つものを、ひっそりとウェブというところで表明して、アカウンタビリティを果たした気になっていることに違和感を覚えるわけで。そう、なんとなくウェブ上だけで結婚発表をしたり、もっとよく使われるのが、離婚発表だったりするわけだ。そして、今回の謝罪文にしても。

 普通の労働者が、自分の意見を書きたい時にウェブは非常に有効なツールなわけで、呑み屋で同僚に憂さ晴らしに語りちらしているよりも、ホームページで語ることで、いろいろな人に訴えることができるわけだから。そして、ホームページというものは低コストでそれができるわけで、庶民に手の届く意見表明ツールとして、非常に魅力的だったからこそここまでのめり込んだわけだ。

 そう、ウェブは、世界に向けた表現を庶民に向けて開放した偉大なツールと思っているわけだが、庶民の手の届かないメディアでの発表ができるという立場にある芸能人が、自分の都合の悪いこと、あまり大々的に語りたくはないけれども説明責任は果たしたいという身勝手とも言える願望をかなえるために、そんな時だけ、庶民の手の届くメディアでひっそり発表という姿勢が非常に違和感があるのだ。

 だから、公式サイトに謝罪文と言ってもどうなんだろうねぇ・・・影武者ライターが書いていないという保証もないしと思わざるを得ない。

 沢尻エリカさんに関しては、今回の問題に関しても、ウェブの使い方に関しても、賛同できない限りなわけであるが。

 

2007年10月01日

内定式ねぇ

  10月になりましたねぇ。10月の1日となると、なんというか、4月から見て半年という区切りなのでしょうか、いろいろ始まることもあるようすな。

 今日のニュースで持ちきりなのは日本郵政公社は民営化とかも大きいのでしょうが、私の注目をひいたのは、内定式始まるといことでしょうか。

 近年は、景気がいいとか言うせいか・・・企業の求人数がバブル期を上回るという状況の下、学生の売り手市場ということらしく・・・なんだかんだと内定者へのサービスに努める企業のいじましいまでの様子が大々的に報道されていましたがね・・・・

 なんだかなぁという気分でもあります。

 なるほど、今は、正社員になるのは簡単かもしれない・・・今の卒業生はね・・・

 その後はね・・・正社員なればこそ、帰れず、逃げられず、逃げても再就職は新卒のようには行かずステータスダウンは多くの場合免れない局面で、辞めたくても辞められないという憂き目にあうことも決して珍しいことではないということまで彼ら、彼女らの想像力は及んでいるのだろうか・・・と思ってしまうわけですよ。

2007年09月25日

餃子とカレーで札幌を思い出す

 今日は妻と一緒に夕食の買い出しに出たわけだが、妻が餃子を買うと言うので、インスタントのカレーも買ってもらった。

 070925dinner.jpg

 こうやって食べるため。そう、餃子にカレーを付けて食べるのだ。

 餃子と言えば、醤油と酢、ラー油というのが定番であろうが・・・

 そう、札幌市内に多く存在している、「みよしの」という札幌ならではの定食屋さんがある。

 札幌に住んでいた頃の独身の私は大いにお世話になったのだが・・・牛丼屋さん的手軽さがあるが、餃子とカレーのお店なんだよね。餃子カレーセットというのもあった記憶がある。カレーの中に餃子がどんと載っている豪快なものだったが、意外においしいのだよね、餃子をカレーで食べるのって。

 餃子カレーで、札幌時代を思い出した今日。

札幌 ぎょうざとカレーの店 みよしの そば処 信州庵のテンフードサービス

2007年09月12日

伏せりながら、首相辞任をリアルタイムに知る

 抗生物質を飲んでも、熱下がらず、今日も仕事はお休みさせてもらった次第。

 熱が下がらないと頭痛がひどくてね・・・うーん、と言いながら寝ていたが、そしてふとテレビをつけたら、13時頃かな・・・安部首相の辞任会見が14時からとかで、その会見もリアルタイムに見てしまった。

 ひどくぐったりしていて休みを取り、家にいた平日の昼に、たまたまタイムリーにそんな場面を見てしまった。

 つい先日に、臨時国会で所信表明をしていた首相の急すぎる辞任表明はちょっと脱力の感が否めない。

 脱力していた今日に脱力なニュースだなぁとか思ってみたり。

2007年08月18日

花火の撮り方の試行錯誤

 花火って写真に撮るのが本当に難しいよね。

 最近の、コンパクトデジカメなどには花火モードなどが付いているものもあるようなのでそういうのだと手持ちでそこそこのものが撮れるのかもしれないが・・・一語り「過ぎた買い物~デジ一~」に語ったような、分不相応な一眼デジカメを持ってしまっているので、自分で設定を工夫しなければならないのである。それがなかなかうまくいかないのである。

 基本的には夜景だからシャッタースピードを遅くしないと撮れないのだが、遅くすると花火が散る部分で線状に写ってしまうわけで。そのかねあいが難しい。最近の一眼レフは普通の光景であればオートでそこそこ写してくれるが、こういう場合はオートではあまりうまく撮れない。

 本当に一眼レフって勉強の連続だなぁとか感じつつ・・・今まで数年にわたって、何度か花火を一眼レフで撮ってきたが、ようやっと慣れてきたのかな・・・

 先日の8月15日の大田区の花火の祭典(一語り「大田区平和都市宣言記念、花火の祭典を見た」参照)での花火撮影ではそこそこな感じで撮れたと思うので、ここに載せようと思うのだ。

 実は初めての花火マニュアル撮影に挑戦といったところだろう(^-^)

 シャッタースピードを1/30にして、手持ち絞りF2.8で撮ってのだ。その値は適当であるが、1/30くらい速めにしないと手ぶれするし、いくらF2.8と明るめの絞りにしても、それくらい遅くしないと写らないであろうという配慮からの値。

hanabi2007-1.jpg

hanabi2007-2.jpg

hanabi2007-3.jpg

hanabi2007-5.jpg

 いかがであっただろうか。

 まぁ、カメラ好きの方から見れば、まだまだな写真ばかりであろうし、実際300枚近く撮った中から、ここに掲示できる写真はごくわずかということもあるが、手持ちでこれくらいいければ、まぁ、自己満足はできている次第。

 花火というのはなかなか撮る機会がないわけで、その意味では貴重な練習機会であったろうか。今回は、明るい広角レンズ(一語り「SP AF 17-50mm F/2.8 XR Di II LD Aspherical [IF] (Model A16) (ニコン用) を買った」参照)を使っての初めての花火撮影でもあったが、やはり、絞りをF2.8まで明るくできたのがよかったという面もある。やはり、広角の方がいいね・・・望遠だとどうしても明るさが落ちてしまうので・・・。

 ということで、デジタル一眼も持ってからずいぶんたつが、まだまだ試行錯誤な日々だったりする。

 手持ちでの花火撮影に関して、シャッタースピードや絞り値など工夫されている方、教えて頂けるとうれしいです(^-^)

2007年07月30日

選挙の結果について

 昨日はもちろん投票には行ってきましたよ。毎回、選挙のたびに語っているけれども、選挙権というものはその獲得の経緯上、ゆめゆめおろそかにしてはいけないものであるから。私のポリシーであり、妻も同じポリシーのようである。二人で一生懸命考えて投票してきた。

 選挙の結果・・・現政権与党の自民党が大敗だったとのこと。

 なるほど・・・

 私が例えば、一語り「うーん、世の中結局は金なんだけど」で語ったような、拝金主義の部分への違和感・・・それが人々の間にもあったんじゃないかな。

 国際競争力をつけるというお題目の下、人々の生活と企業活動を天秤にかけて、言ってみればお金になる企業活動を優遇する政策をとってきてて、それゆえ人々の生活は総じて厳しくなってきていて・・・

 そんな流れは現政権としての拝金主義的な傾向と感じていたんだけど、そういう現政権への違和感・が、人々の政治的無関心を乗り越えて結果に表れてきたとも言えないだろうか。

 これですべてが変わるというわけではないけれども、先日行われたような強行採決の乱発はできなくなったことは事実なんだろう。

 今回の結果を見て、こういうこともあるのだ・・・と政治というもの、議会制民主主義、間接民主制・・・その機能不全は当然あるんだろうが、まだまだそれらは生きていると言えるのかなと感じてみた。

2007年06月24日

友と共に野毛に

 昨日は、昨日の一語り「友を迎える、本当にうれしい」で語った友と共に横浜は野毛に行った。我が家で妻の手料理を振る舞った後にだが。

 野毛は、ここの語りでも何度か言及している、横浜のディープな飲んべえ街とでも言おうか。私がひいきにさせていただきここでも何度も言及しているサラリーマンバー「ホッピー仙人」があったりする。

 友もここでホッピー仙人を知り行ってみたいとのことであったので・・・野毛というワールドを広島から来た友にも教えたくお連れした次第。

 友はホッピー自体初めてとのことで、いろいろ興味深かった様子。仙人をはじめお店のお客さんにもいろいろ教えてもらっていた。

 それから、ホッピー仙人で「やっぱ野毛に来たならここでしょう」と進められた福田フライへ。

070623hukuda.jpg

 ここへ来たのは3度目くらいだが、やはり辛いソースは絶品である。当然友にもそれで食べてもらった次第。私はここにくると、なぜか茶ハイを絶対頼むわけだが。

 仙人で1000円、ここでも1000円・・ひとり頭ね。非常にリーズナブルなのが野毛のいいところなんだろう。

 友と語り合いながら、気持ちよく酔い・・・いい夜であった。

 友の住む地方に行き、友にその地のいい感じのプレイスを紹介してもらうことも多かった。今回は私は神奈川のいい感じのディープスポットを紹介できたんじゃないかな・・野毛。そんな満足感に包まれたわけだが(^-^)

2007年06月23日

友を迎える、本当にうれしい

 今日は広島から友が来てくれた。今週初めに、突然ですが・・・とメールが来て、今週末我が家に呼ぶことができたわけで。

 2005/10/30の一語り「本当は結婚式をしているはずの今日、友遠方より来たる」2006年03月20日一語り「友からのギフト」で言及した友である。本当は結婚式をしているはずだった2005年の10月30日に病床の妻と私のもとに訪れてくれ、結婚祝いにお皿を贈ってくれた遠くの友。

 広島と関東という遠くにありて、独り身時代であれば私が出向いて行くこともあったろうし、実際、独り身時代にはひとり旅がてらその時は友のいる地方を訪れていたものだが。

 それにしても、私と妻の結婚を非常に思ってくれていた友が遠路はるばる来てくれるのは非常にうれしい。妻も張り切って歓迎の料理を作ったりしている。

 これから迎えに行こう。

2007年06月12日

うーん、世の中結局は金なんだけど

 最近、なにかにつけてとみに思うのが、世の中結局は「金」だなぁということ。

 なにをいまさらという意見もあろうが・・・やはりねぇ。

 今日見ていたテレビ番組「ビューティーコロシアム」でも、結局、コストが高いであろう美容術を施せば美しくなれるという典型だと思われたしね、昨日NHKのクローズアップ現代で特集された「セカンドライフ」というウェブ上の仮想世界がクローズアップされるのも結局そこで流通するリンデンドルという仮想通貨が現実の通貨に換金できることからビジネスチャンス・・・すなわち金儲けのチャンスがあるからこそ注目されフィーバーしているわけだし、ライブドア事件・村上ファンド事件は金を追い求めた結果の事件だったし、最近話題のコムスンの介護事業の話題にしても介護というもっともヒューマンな分野で金儲けをしようとしたことへの反発ということが起因しているだろう。

 そうなんだよね・・・単に生きるのも厳しい世の中になってきたところでね・・・金を儲けたものがすべて勝ちというような、直線的な単純な弱肉強食論理が復活してきているように感じるのだ。

 少し前までは・・・まぁ、お金お金言っていると拝金主義として、そう、拝金主義という言葉にやや軽蔑の念が感じられるように・・・あまり好ましく思われていなかったものだが。

 まぁ、私も、そもそも、あまり裕福な生まれではないから、お金にはかなりうるさい。どっちかといえばケチである。そして今、結婚しても、やはり贅沢はできないし、させてもあげられない。

 まぁ、金を得ることそんなに執着がないからだろうか。拝金主義というのがあまり好ましく思えていなかったからね。だから、学生時代学問として学んだものもあまり金にならない分野であるし、職も金儲け主義では選んでいない。そして、結婚も、妻の収入とかなにかとか全然考慮したわけじゃなかったんだよね。

 でもね・・・まぁ、世の中がこんなに金金という感じになってくると、ちょっと複雑な気分だ。要は、私の考え方が甘かったのか・・・と。

 僕はそうは思いたくはないんだよなぁ、実はね。

 妻と映画「ティファニーで朝食を」を見た。金のために金持ち男性を追っかける女性をオードリー・ヘップバーンが演じているが、最後には、金のない貧乏作家であるジョージ・ペパード演じる男に恋に落ちるというハッピーエンドである。この映画には拝金主義の否定がある。

 何十年も前の映画でそういう結論があるではないか。

 経済学という学問は結構興味があるし、人間を分析するツールとして金の面に着目する点はとても面白いのだが、人間は自分にとっての効用関数を極大化する存在だと無条件に仮定してしまっているのが、うーんとうなるところだ。要するに、端的に言えば人間は自分の金儲けに一番有利な道を目指すと仮定してしまっていることだからね。

 人間、そんなに経済的に合理的じゃないと思うんだよなぁ・・・もっと不合理な存在だからこそ、「ティファニーで朝食を」のような映画ができるんじゃないかなぁ。

 そう願いたいものだ。そう、不合理な部分が人間らしいところだと。

 まぁ、貧乏人のはかない願いなのかもしれないが。

2007年06月10日

イラストを歩かせる。

 酔っぱらいブタのイラストを歩かせ